ONEn
ひとつの音は何も成し遂げない。
ただ、それなしでは生命は一瞬も持ち堪えられないのである。
ジョン・ケージ
フランスの雑誌「フィガロ」の刊行10周年を記念して製作されたオムニバス映画"LES FRANCAIS VUS PAR"(ヴィデオ化題名『PARIS STORY』)は、そのタイトル通り、「外国人から見たフランス」をテーマにしたものだが、ドイツ人ヴェルナー・ヘルツォークやアメリカ人デヴィッド・リンチに混じって、スイス人ジャン=リュック・ゴダールも参加している。発表されたのは1988年であり、これは『ゴダールの映画史』の、ほぼ同時期に当たっている。圧倒的な情報量と、強度のコンフュージョンを内蔵し、それ自体が「映画史」を貫通する一種の「装置」だと言える『映画史』や、やはり同じ頃に撮られた"On s'est tous defile"『言葉の力』などと較べると、いささか奇妙とも思えるほどに、明確なストーリー性(とはいえその語り方は、しかし多くの点で、『ヌーヴェルヴァーグ』を経て『新ドイツ零年』へと至る、いわば「90年代のゴダール」を予告するものである。まずはこの作品から、語り始めることにしたい。
とりあえず日本版に倣って、ここでも仮に題名を『最期の言葉』としておこう。実際、このわずか10分間ほどのVTR作品は、「最期の言葉」すなわち「辞世の句」が、はっきりと主題化されているのである。『新ドイツ零年』に先立って、主演はハンス・ツィッシュラー。彼が演じているのは、ただ「訪問者」とだけ呼ばれる男である。もちろんゴダールの事だから、物語の前提となるようなシチュエーションはあっさりと断ち落とされているが、どうやら男はドイツから、ひとりのヴァイオリン奏者を訪ねてきたらしい。そして映画(ヴィデオも「映画」である)は、このふたりの出会いを、ただそれだけを描いたものである。
いつもながら、普通に言うような意味でのキャラクター描写は、ほとんど省略されているが、しかしふたりは完全な創造上の人物というわけではない。画面外からのナレーションと、ラストに掲げられる字幕によって知れることは、ヴァイオリン奏者のほうは、1942年7月27日、33歳の若さで、ドイツ軍によって銃殺された、フランスの哲学者ヴァランタン・フェルドマンの息子であり、「訪問者」は、銃殺を命令した将校の息子なのだということである。「父親の最期の言葉は?」と、「訪問者」はヴァイオリン奏者に尋ねる。要するに彼は、この問いを発するためだけに、ドイツからやってきたのである。だが相手は何も答えず、ただひたすらヨハン・セバスチャン・バッハの「バルティータ」を弾き続けるばかりだ。『最期の言葉』では、近年のゴダール作品にしては珍しく、全編を通して、ただこの1曲しか使われていない。しかもそれは基本的にすべて、撮影時に生で演奏されており(哲学者の息子を演じているのは、クラシック界のヴァイオリニスト、アンドレ・マルソンである)、いつものように既存のレコードから「引用」されたものではない。代わりに引用されているのは、世界の名だたる文豪たちによる「最期の言葉=辞世の句」の数々である。
「勇気を。最期の旅へ」
ジェラール・ド・ネルヴァル
「昼と夜の戦いだ」
ヴィクトール・ユゴー
「ついに私は眠りにつく」
アルフレッド・ド・ミュッセ
「すべて失う」
ギョーム・アポリネール
etc. ……
やがて「訪問者」はヴァイオリン奏者と共に、木立の奥へと入っていく。そこは一方の父親がその短い生涯を閉じ、またもう一方の父親がその死に立ち会った場所である。ゆるやかに画面は過去へと戻り、いままさに処刑が行われようとしている。銃を構えた兵士たちを前に、哲学者は将校(当然、それぞれ同一人物の二役である)に対して「最期の言葉」を告げる……。それがどのようなものであるかは、敢えてここでは記さずにおく。というよりも、実のところ、何が語られたのかは、それほど重要ではないのだ。当然のことながら、真に問題とされるべきは、いずれにしても幾許かの「内容」を持ったものでしかない、その台詞そのものではなく、「最期の言葉」を言う、というある紛れもない、「行為(=パフォーマンス)」の方だからである。一種の政治的寓話と見なせないこともない『最期の言葉』が、やがて「90年代」に入ってから鮮明に顕在化することになる、ゴダールの(最新の、いや、最期の?)プログレマティーク、既に「80年代」の段階で準備したものだと考えられるのは、何よりもまず第一に、この点においてである。
注意しなければならないのは、「最期の言葉」は「遺言」とはまったく違うものだということである。「遺言」とは、先に逝く者が、現在に残された者に向けて発する言葉であり、その意味では明らかに「コミュニケーション」を前提とし、またそれを表現するものだが、「最期の言葉」とは文字通り、人生の終焉で口にされた言葉であり、かならずしも他者に向かうものではない。それは本質的には一種のモノローグなのであり、それ自体としては「コミュニケーション」を必要とはしていないのだ。
だが、決定的なことは、それが誰にも聞こえぬ「心中の声」などではなく、実際に発語されたということである。当然ながら、ユゴーの「最期の言葉」も、誰かがそのとき、その場で聴いていたからこそ、私たちの知るところとなったのであり、事後的に「コミュニケーション」が生じていることは確かなのだ。「パフォーマンス」と呼ぶのは、このようなパラドキシカルな意味でいうのである。つまり「最期の言葉」とは、「生」の極限において、自己の「内部」と「外部」の両側に向けて同時に、だが別々に発せられる、おそらくは唯一の言葉なのである。
「90年代のゴダール」を見た私たちに、ある驚きの感情を伴って迫ってきたもの、誤解を恐れずに言うなら、それは間違いなく「老い」であろう。ゴダールはやはり老いたのだ。しかしもちろん、これを単純にゴダールの肉体的な老化とのみ解してはならない。それはたかだか誰もが時を経れば向き合わざるを得ない、物理的な条件に過ぎない。そうではなく、あくまで「映画」に内在する問題として、「老い」というものが急激にせり上がってきたのだと考えるべきだろう。
要するに「老い」とは、絶対的な有限性において生き始めることである。確かにそれはジャン=リュック・ゴダールという個体が、ある年齢を迎えたことと無関係ではなかろうが、しかしそれ以上に、JLGと「映画(史)」との複雑極まりない緊張関係が、明らかにこれまでとは異なるフェイズに入ったことを示しているのだ。そして『最期の言葉』は、ゴダールの「老い」の時代の到来を告げる、一種のマニフェストとして捉えるべきなのである。
『最期の言葉』と同じ1988年に、今は亡き作曲家のジョン・ケージは、"ONE"という曲を発表した。80年代後半より、ケージは演奏者の人数をそのままタイトルにした作品を次々と書いていくのだが、これはほぼその最初の曲に位置するものである。他にも、"TWO" "THREE" "FOUR" "FIVE" "SIX" "SEVEN" etc.……とあり、使用楽器も曲の内容も様々だが、いかにも茸翁らしいネーミングであり、乱暴とも思えるそっけなさが、逆にユニークだと言えるかもしれない。
ここで興味深いことは、それぞれの数字のタイトルの楽曲が、どれもその後で連作されていることである。たとえば"ONE"の二作目は"ONE 2"(注:乗数の表示ができないのですが、実際にはONEの二乗。以下同じ)であり、以後も同様に"ONE 3" "ONE 4"、確認できた限りでは、最終的に"ONE 11"(ヘニング・ローナーとの共同制作による映像作品)までが発表されている。シリーズの番号を乗数で示すというこのスタイルは、他の数字作品のタイトルも共通しているのだが、とりわけ"ONE"に関しては、このことは特別な意味を持っているように思われる。
たとえば、"TWO 2"は、2人のピアニストのために書かれた作品である。これは単純にシリーズの二作目ということだけでなく、手が四本であることも意味している。つまり乗数は単なる飾りではなく、確かに計算されているわけである。他の作品については、もちろんこれほど明瞭ではないにしても、"FOUR 2"=4×4=16というようにいずれにせよ作品を追うごとに、その数字は飛躍的に増大していくことになる。ところが、ならば"ONE"についてはどうだろうか? そう、1を何乗したとしても、それはただの1のままである。1×1×1×1×……とするとまったく無意味なものということだろうか? そうではない、と、ジル・ドゥルーズなら言うかもしれない。たとえば彼は次のように書いている。
一回目に、二回目、三回目を加算するというのではなく、第一回目を「n」乗するのだ。このような力=累乗(ピュイサンス)の関係=比(ラ・ポール)のもとで、反復は、内化されることによって転倒させられるのである。
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』財津理訳
もちろんドゥルーズはケージについて書いているわけではないが、この「力=累乗」(仏語のpuissanceにはこのふたつの語義がある)という概念は、"ONE n"を考える際にも、極めて示唆的なヒントを与えてくれる。1のn乗は、もはや既にただの1ではない。いや、それは1であり続けながら、その内部に、数字ではけっして表わせないような、途方もない「力」が充填されていくのである。
キルケゴールが、反復は意識の第二の力(ピュイサンス)〔2乗〕だと語るとき、この第二は、二番目を意味しているのではなく、むしろ、ただの一回について言われる無限を、ひとつの瞬間について言われる永遠を、(……)つまり「n次の」力=累乗(ピュイサンス)を意味している。
ドゥルーズ 前掲書
なるほど、既に述べたように、"ONE"の場合は、その基本的な意味は「独奏(ソロ)」ということであり、(もうひとつの意味もあるのだが、それはまだ触れずにおこう)、ドゥルーズの言うような「反復」とは、いささか照準が異なると思われるかもしれない。しかしそうだろうか? ひとりであることの累乗とは、自らの中に「反復」を抱え持つということである。ソロを「反復」していくことによって、「力=累乗(ピュイサンス)」としての音が、産み落とされるのだ。
"ONE 11"と題された連作は、それぞれ初演の時には、特定の楽器が指定されていたが、コンポジション自体は、必ずしもその楽器でなくとも構わないとされている。したがって同じ演奏者が、それを順番に弾いていくことも決して不可能ではない。仮にそのような演奏が行われているとしたら、そこで聴かれるのは同じ"ONE"であり、違う"ONE"でもあり、しかもその演奏と聴取の只中で、次第に「力(ピュイサンス)」が「累乗(ピュイサンス)」されていくことだろう。すなわちそこでは「1であること」が「反復」される。そしてそれはもちろん、まず誰よりも、ジョン・ケージという名の「1」のことでもある……。
さて、ようやくここで私たちは、「ゴダールの90年代」について、ふたたび語り始めるための、いくつかの重要な鍵を手に入れたように思う。いや、むしろここまでの記述は、すべてゴダールを論じてきたのだと言ってもいい。ゴダールの「老い」とは、彼が「映画(史)」における「1」であるということと、深い関係があるからである。ジャン=リュック・ゴダールという名の「1」について考えること‥‥‥(未完)
(「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」の「ゴダールへの手紙」という特集のために半ば即興的に書いたもの。単行本にはもちろん未収録。壮大な構想があったような気もするが、未完のまま現在に至る。本人も忘れかかっていたテキストを発掘しデータにしてくださった編集者の藪崎今日子さんに感謝します)