trees of Lifeのタイムパラドックス
『TAMALA2010』のサウンドトラックは、脚本、監督を務めたt.o.Lがプロデュースするユニットtrees of Lifeによるものである。t.o.Lの中心人物はK.とkunoの二人ということだが、trees of Lifeの方は、ヴォーカルのmikaを擁する5人編成のバンドであり、K.とkunoもメンバーとしてクレジットされている。t.o.Lがtrees of Lifeの頭文字を拾ったものであることは明白だから、音楽に関わるt.o.Lのアルター・エゴがtrees of Lifeを名乗っているのだと、ひとまずは言ってよいだろうと思う。
この映画は2002年に完成し、公開される。だが、その「はじまり」は前世紀にまで遡り、1998年にt.o.Lが作り上げた5分ほどの映像作品が、その原型であったのだという。付け加えれば、更にそこから2年前の96年、今は亡きhideのレーベルLEMONedのコンピレーション・アルバムに、t.o.Lはミュージシャンとして楽曲を提供しており、その曲がこの映画ではtrees of Lifeの名のもとに主題歌として奏でられるのだ。
なぜ、こんなややこしいことをわざわざ述べているのかといえば、『TAMALA2010』から聴こえてくる多種多様なサウンドが、まずもって90年代後半から現在に至るまでのタイムスパンを抱えているのだということを確認しておきたいからだ。実際に、ここに収められた楽曲群のそれぞれが、いつ作曲され、いつ演奏され録音されたものなのか、詳しいことを僕はまったく知らない。だが、最初に「音楽」に注意を傾けつつ、この映画を鑑賞して、すぐに感じたことは、trees of Lifeのサウンドが、アップ・トゥ・デイトな意匠よりも、ある種のタイムレスなポップ感覚に満ちている、ということだった。
それはしかし、永遠不変の音楽的な価値観を身に纏っているということとも少し違っていて、つまり僕はこれらのサウンドを98年に聴いたとしても、96年に聴いたとしても、いま2002年に聴いているのと同じように、あるまぎれもない、いきいきとした新鮮さを感じただろうと思ったのである。trees of Lifeは、時間軸に沿った音楽の形式的な変異(お望みならばトレンドと呼んでもいい)から断絶しているのでも、それを無視しているのでもなく、いわばその曲線に対して斜めに関係を切り結んでいる。
たとえば、90年代後半以降のクラブ・ミュージックの流れは、テクノ、ハウス、ジャズ、ドラムンベース、ヒップホップ、ジャズ、ブレイクビーツ云々といった、それまでのまだしも定位可能であったジャンル/スタイル的な分節から、より雑食的でエクレクティックな、カオティックな様相を呈していった。trees of Lifeの楽曲は、さまざまなスタイル/ジャンルの反響=記憶を微妙に湛えつつ、けっしてその形式性の内に落ち込んでしまわないことで、アクチュアリティと反時代性を併せ持つことに成功している。
J-POPシーンに目を向ければ、そこにあるのはまさしく混沌であり、カリスマティックなアーティストへの信仰と、マーケティングと一体化したメディア・ハイプの不断の機能ぶりによって、音楽的な一貫性は積極的にないがしろにされ、アナーキックでナンセンスな「何でもあり」が現出した。だがもちろん、この「何でもあり」が可能性の開示などではなく、むしろデッドエンドであることを、t.o.Lはよく分かっている。彼らはそうした状況に、まずは匿名性で対抗する。しかしいわゆる「匿名ユニット」が、その匿名性に拘泥するがゆえに自らの音楽的なキャラクターさえ(たとえばヴォーカリストの多数化などによって)曖昧に分散させてしまいがちなのに対して、trees of Lifeはサウンドトラックを聴くかぎり、むしろバンドとしての揺るぎない個性を進んで提示しようとしている。マルチプルな方法論と、強固なキャラクタライゼーションと、アニノマスな存在証明‥‥このようなパラドキシカルな戦略によって、t.o.Lは1996〜2002という時間の膨らみを、そのサウンドに封じ込めてみせたのである。
ところで実は、trees of Lifeのサウンドは、90年代後半にのみ起点を持っているわけではない。それはオルタナ・ロック(90年代前半)とも、ニューウェーヴ(80年代)とも、パンク(70年代)とも、明らかに繋がっている。『TAMALA2010』のサブタイトルは「A PUNK CAT IN SPACE」なのだし。だが、その繋がり方は、ノスタルジーやリバイバルとはまるで異なった回路によるものである。おそらくわれわれは今後、t.o.Lとtrees of Lifeの音楽に、より複雑で魅力的な矛盾に満ちた無数の時間軸を見出していくことになるのだろう。いや、それを言うなら、この映画のタイトルには、はっきりと「2010」という未来の年号が付されているではないか!‥‥‥そう、彼らはそもそも、そういうつもりなのだ。そして念のために付け加えておけば、これは音楽だけに限った話ではない。
(初出:『TAMALA2010』パンフレット)