COLUMN/ESSAY

空気公団

 自宅の前にこじんまりとした、いかにも東京の住宅街のなかにありそうな遊歩道があって、仕事柄、いわゆる普通の時間帯での生活が出来ていない僕は、夜が明けたか明けないかぐらいの早朝とか、あるいは夕暮れ少し手前の時刻に、オフィスがある渋谷に出かけていくため、そこを歩いていたりすることがある。朝なら鳥たちの鳴き声が思いのほかはっきりと聴こえ、もっと耳を澄ませば、駅近くを走る高速道路を行き交う車の騒音が浮かび上がってくる。午後の時間はどこかからピアノの練習が流れてきたりして、どこかからピアノが聴こえてくるなんてことが本当にあるのだなと嬉しくなったりもする。散歩中の老人とか自転車に乗った子供たち、犬と散歩しているひとなんかと擦れ違ったりしつつ、明日のことを考えたり、昨日のことを考えたり、ちょっと難しいことで考え込んだり、誰かのことを想ったりしながら、いつもよりもすこしだけ、ゆっくりと歩いていく。
 こんな時、空気公団の音楽は、とても心地よいサウンド・トラックになってくれる。昔、森雅之という今はなき漫画家が著した『散歩しながら歌う唄』という本があったのだけど、ちょうどそんな感じ。散歩しながら聴き、散歩しながら歌ううた……

 空気公団は、山崎ゆかり、小山いずみ、戸川由幸、石井敦子の4名から成るグループだ。彼女たちのことは、昨年あたりから、あちこちで話題になっていた。いいんだ、とてもいいんだよ、という友人の話を聞き、気になっていた矢先に、ミニ・アルバム『ここだよ』がリリースされた。小部数のカセットテープばかり出してきた空気公団にとって、これがはじめてのCDとなった。程なくしてカセット音源を元にしたアルバム『くうきこうだん』も出て、僕はいつのまにか、周囲の皆に、いいんだ、とてもいいんだよ、と薦めるようになっていた。
「音楽の専門学校で、作曲の課にいたんですよ。レッスンという先生の下について弟子みたいにやってた授業があって、それで“曲書いてきて”って言われて書くと、ボードに歌詞を書いて、“こことここは韻を踏んでいない”と言われたんです。それで疑問に思った。それは先生の考え方で、もしかしたら違うんじゃないか、考え方って人それぞれなんじゃないかと思って、その曲を他の人にも聴かせたいなと。それが直接、空気公団と結びついているのかどうかは分からないですけど。でも、学校の組織の中に入っていると、そういう考え方ってなかなかできないんですよ。その中にいることが自然というか、外を見ようとしないというか、見せられないというか。それで学校を辞めて、曲作りはじめたんです」(山崎)
 山崎さんは空気公団のほとんどの曲を書いている。というか、もともとこのバンドは彼女が自分の曲を録音するために、ひとりずつ友人たちを集めて出来上がったものだった。
「最初が97年の5月くらい。でもその頃は、私と戸川くんは会うことがあって、私と小山さんは会うことがあっても、この2人(戸川&小山)は会うことはなくて」(山崎)
「でも音は聴いていたんですよ」(小山)
「僕はギターを弾いてて、それに山崎さんがヴォーカルを重ねて、その後で小山さんがコーラスをやって、って感じだったんです。半年くらい全然会ってなかったんです」(戸川)
 最初の半年間、メンバーのうち2人は一度も会ったことはなかったが、空気公団だった。
「で、はじめまして、って(笑)」(戸川)
「ちょっと緊張した(笑)」(小山)
 それからしばらくして、石井さんが加入。
「でも一本目のカセットから知ってはいたんですよ」(石井)
「その前から友達だったし」(山崎)
 こうして、空気公団が完成した。
 
 空気公団はこの程、3枚目のCDとなるミニ・アルバム『呼び声』をリリースした。
「去年の『ここだよ』の発売日に、みんなで飲もうってことになって。その時に次は『呼び声』というタイトルでって言った。でもその時は何も決まってないんですよ。呼び声っていう感じっていうだけで、具体的には何もない(笑)。次は『呼び声』だから「呼び声」にちなんだものを考えなくちゃって、ある程度、主題を決めてみるというか。でも『呼び声』だから「優しさ」(収録曲の題名)にしようと思ったわけでもなく、そういうことを思いつつ曲を作ってるっていうだけで。呼び声じゃないじゃん、っていうのがあってもいいんですよ、私とメンバーだけがわかれば、これは呼び声だなって。他の人が一曲取り出して違うといっても構わない。違う風に感じてくれてもいいんです。でも自分の中ではテーマを決めてやっていきたいと思う。いつも曲と詞は一緒に作るようにしてるんです。日記とか記憶に近いんだけど、そう、記録だと思うんです」(山崎)
 『呼び声』は5曲入り。これまでになくサウンドは表情豊かになっている。しかし話を聞いて驚いてしまったのだが、彼女たちはレコーディングも普段の練習スタジオで行っているのだという。とりわけ『呼び声』を聴くと、にわかにはそれは信じ難い。それは多分に予算的な問題なのかもしれないが、敢てそういうやり方を選んでいるような節もあったりするのだ。
「プロデューサーみたいな人がイヤなんですよ。技術的なことを知り過ぎてるから、それはダメだって言ってくるじゃないですか。でも僕らはやってみないと分からないと思ってるから。いつも最初に曲の打ち合わせで、おもむろに山崎がAメロにはこの楽器が入って、みたいに紙に書いてくるんですよ。それを見ながらこうした方がいいとか、音出ししながら、みんなで考えて」(戸川)
「録った後に変える部分もあるし」(石井)
「最初にドラムを録って、ベース録って、仮ギターが入って、それを聴きながらピアノを弾いて、そういう感じで」(小山)
「『くうきこうだん』で一回だけライヴ・レコーディングがあったんですけど、結構大変だったんです。ハードディスク(レコーダー)のインプットが足りなかったから」(山崎)
「16トラックくらい使って、ハードディスクのインプットは4つで、ヴォーカルは絶対変えたくないから、その場でミックスしたりして、大変ですよ」(戸川)
「練習スタジオなんで、隣の部屋が爆音でやってたりとかするじゃないですか。だからヴォーカル録りの時は、その時間を最初に調べたり、朝イチで録らないといけない(笑)」(山崎)
「練習スタジオの人に、ウチにもレコーディングできる所あるからって(笑)」(小山)
 頑固なのでも不器用なのでもなくて、これが空気公団、ということなのだろう。しかし彼女たちは決して、こんな方法に固執しているわけでもない。ただ今のところ、これでいいし、これがいい、ということなのだと思う。それに実際のところ『呼び声』を聴けば、全然それでいいのだ、という気持ちにもなる。
 山崎さんによる『呼び声』の感想。
「今回作ってみて、曲数はもっと多い方がいいと思った。5曲で出来なかったというわけじゃなくて、まだまだあったんですよ。呼び声っていう場所があったりとか、表情があったりとか、音だけじゃなくて、会話だったり、会話の感じだったり、そんなことまで表現出来たかもしれない。だから次のテーマでやる時には、アルバムの方がいいなと思ってます。でも『呼び声』の仕上がりには満足してます。最高です」
 僕は空気公団の音楽について、説明しないでおこうと思う。彼女たちの言葉と、ここにある写真から、感じ取って貰えたらと思う。いや、とにかくまず『呼び声』を聴いてみてほしい。

「アーティストは人の前に出るものとか、そういう感覚ではないんですよ。生活のうしろに生きているというか、うしろでも横でも、ずっと続けていきたいなと思う。別に音楽をやっているから偉いわけではないと思うし。やりたいことをただやってるだけだし、それを見てくれても構わないっていうか……なんていったらいいのかな?」(山崎)
「生活の近くに?」(小山)
「そう、生活の近くに居たい」(山崎)
 
 散歩しながらうたううた、散歩しながら聴きたいうた、散歩しながら……

Last Update : 2003/09/22