エレクトロニカ‥‥ほんの少し前までは新奇さを伴っていたこの言葉も、今や大手レコード・ショップの売り場にジャンル名として掲げられるまでに至った。もちろん一般的にはまだまだマイナーであるとはいえ、少なくとも洋楽的な音楽市場&ジャーナリズムでは、ある程度の市民権を得たと言っていいだろうと思う。
だがしかし、エレクトロニカほど定義が曖昧なまま一般化してしまった言葉も少ない。いや、むしろスタイル上の制約をほとんど設けず、従来のテクノ/ハウスとはどこかが違うとか、アカデミックな電子音楽に聴いた感じは似ていても作り手の出自や想定されている客層がまるで別だとか、とりあえず普通の楽器ではなくエレクトロニクスやコンピューターをメインに使って音を作っていて前からあったジャンルに収まりの悪いものは、すべてエレクトロニカと呼んでしまおうという、さながら無礼講のような状況が現出しているといっても過言ではない。あるいは、こう言ってみてもよい。エレクトロニカという呼称が都合が良い場合には、そう名乗り/名付けるが、何らかの理由でエレクトロニカでは好ましくない時には、あっさりと他の言葉で置き換えられるのだ、と。
だから、ほんとうは今なおエレクトロニカは、そのアイデンティティを確立し得ていないのだとも考えられる。極端に言えば、そんなものはどこにもない、のだとさえ言ってしまってもいいのかもしれない。とはいえ、ターミノロジーは実はどうでもいい。問題は、境界測定がアモルフな状態のまま、あっという間に世界中に拡がり、それなりに認知されてしまったことで、もしかすると現在、エレクトロニカは、まぎれもない危機に瀕しつつあるのではないか、ということなのだ。
とりわけ21世紀に入ってから加速化してきたように思えるのだが、ポップでメロディアスな音楽性を有したエレクトロニカが、世界のあちこちから現れてきて、中には幅広い支持を受ける作品やアーティストも出てきた。もちろんそれ自体には問題はない。この流れは、いうまでもなくビョークやレディオヘッドなどといった、ポップ/ロックのシーンにおける大物たちによる、エレクトロニカへの接近が、ひとつの引き金になっている。そうしたベクトルに対応するようにして、エレクトロニカを名乗り/名付けられる側からも、ポップ/ロックへの接近が起こっていっているわけである。
だが個人的な意見を言わせてもらうなら、そのほとんどは、要するに「エレクトロニック・ポップ・ミュージック」に過ぎない。その意味は、エレクトロニクスをメインに使って音作りをしてはいるが、その「音楽」としての核心は、従来の「ポップ」とまったく変わらない、ということだ。だとすれば、優れたメロディ・ラインや、魅力的なシンガーを伴ったそれが、広い層に受け入れられるのは、ある意味では当たり前のことである。大方のリスナーにとって、それは「エレクトロニカ」として聴かれているのではないからだ。あるいは、そこでは「エレクトロニカ」というキーワードは、ただのポップじゃありませんよ、という含意の単なるセールス・ポイントのひとつに過ぎないわけである。
僕が危惧するのは、このままでいくと、エレクトロニカは単なるアレンジの問題に矮小化されていってしまうのではないか、ということなのだ。かつてはバンド・サウンドだけだったものが、打ち込みへとその手法を拡張したように、いわばその進化形としてのみ受容されていってしまうのではないかと。J-POP系の人気シンガーの曲に、さまざまなスタイル/ジャンルを標榜するリミックスが付随したりするように、「エレクトロニカ・ミックス」というような、アレンジの選択のひとつになってしまうのではないかと。純粋なエレクトロニクスのインストだったユニットが、ヴォーカルを導入したり、生楽器とのコンビネーションに向かったりするプロセス自体はけっして悪くはないが、結果として限りなくそれらは旧来の音楽に近づいてしまうわけで、そこでいつしか、敢えてエレクトロニカと名乗る/名付けることが無意味となる瞬間が、きっと来る。
そうなるならば、それはそれで構わない(実際そうなりつつある)。だが、エレクトロニカなるものに、いまだ可能性を見出すとするならば、それは従来の「ポップ」とか「音楽」に回収されるものではなく、むしろ逆に僕たちが抱いている「ポップ」や「音楽」というものの概念を、否応なしにアップデイトさせるようなものでなくてはならない。そして確かに、ちょっと前までエレクトロニカという言葉には、そんな予感があったのではないか?‥‥まだ遅くはない、エレクトロニカをポップから取り戻し、いまだ知られざる未知なる音へと解放しよう。
(初出「PLUG」)