"Man With A Movie Camera"は、1929年にソ連で制作された、ジガ・ヴェルトフという名の監督によるドキュメンタリー・フィルムである。「カメラを持った男」という邦題で知られる、この70分ほどの作品は、当時のサイレント映画の手法的な可能性の粋を極めた、野心的で実験的なフィルムであり、映画史上の名作の一本に数えられている。あのゴダールが一時期、「ジガ・ヴェルトフ集団」を標榜していたのは、有名な話だ。
サイレント映画にミュージシャンが「音」を付けるという試みは、映画祭の特別企画などで、しばしば試みられているが、このザ・シネマティック・オーケストラ(TCO)による"Man With A Movie Camera"も、もともとは99年のポルト映画祭におけるライヴ付きの上映という趣向のために行われたものだった。その成功を踏まえ、その後2年の歳月をかけて完成させたのが、今度CDとDVDというフォーマットでリリースされたものである。
その名前からして映画とは深い関わりを持つTCOは、全てのスコアとプロダクションを手掛けるジェイソン・スウィンスコーを中心とする、生楽器プレイヤー複数を擁するバンドであり、ゴージャスかつドラマチックな、場面転換的な音楽的折衷主義を効果的に用いた、まさに「シネマティック」なサウンドによって、現在のニンジャ・チューンを代表するアーティストとなっている。最初にこの企画の話があった時、スウィンスコーは「カメラを持った男」を見たことがなかったというが、当時としては非常に稀な手持ちカメラを多用した奔放な映像と、リズミカルでトリッキーなモンタージュ(編集)に魅せられ、ビデオで何度となく見直しつつ、シークエンスごと、シーンごと、ショットごとを徹底的に分析して、スコアを書き上げた。そもそも「カメラを持った男」はドキュメンタリーであり、いわゆるストーリー的なものは持っていない。それゆえにこそ、スウィンスコーの作業は多少とも困難であったのではないか。通常、映画のサントラは、当然ながら物語が抱えるドラマツルギーに即して付けられるわけだが、この作品の場合はむしろ、音を必要としないまでに既に充実し緊張し切った純粋なショット=イメージの連続に対して、音楽がいかに事後的に対応できるか?、という問いかけが存在していただろうからだ。
TCOの答えは、フィルムにドラマが内包されていないのなら、音楽によって新たなドラマを紡ぎ出してしまおう、というものだったのではないか。いまやハリウッド映画でさえ珍しいとも思えるような、素晴らしく華麗で優雅なストリングス(スウィンスコーはバーナード・ハーマンをフェイバリットに挙げている)は、四半世紀昔のサイレント映画を思いも寄らない形に再生してみせた。このヴァージョンで、はじめて「カメラを持った男」を体験する多くの人々は、TCOの音楽抜きでは考えられないとさえ思うのではないか?
(初出:musee)