REVIEW/COMMENT

コーネリアス『CM2』

 トリックスターめいたイメージや、絢爛豪華なギミックの数々に、つい惑わされがちだけれど、小山田圭吾というアーティストの本質は、一種、工芸的といってもいいような、音作りの職人的な端正さにあるのだと、僕は思っている。
 かつて彼がピチカート・ファイヴやハイポジ、あるいは嶺川貴子のプロデュースを手掛けた際に見せた、抑制の効いた、だが微妙なツボを押さえまくった、いわゆるオーヴァー・プロデュースとは対極にある見事な仕事を思い起こしてほしい。彼はけっして音を厚く塗り重ねようとはしない。むしろ音数を限定し、それらの最小限の組み合わせの妙で聴き手をハッとさせたり、ひとつひとつの音の響きや輝きに意味を持たせようとする。池田亮司の作品を「テクノ・ミニマリズム」と名付けた浅田彰に倣って、小山田圭吾を「ポップ・ミニマリスト」と呼んでみたくなる。そのとりあえずの到達点が、あの傑作『point』であったことは言うまでもない。
 ブラー、K・D・ラング、クルエル・グランド・オーケストラ、ベック、ガーリング、アヴァランチェス、ボニー・ピンク、モービー、電気グルーヴ、マニック・ストリート・プリーチャーズ、テイ・トウワ、スティング、タヒチ80。思わずズラズラと並べてしまったが、この13アーティストの全部からリミックスを依頼されるのは、コーネリアスの他にはいないだろう。まったく、なんてバラバラで支離滅裂な、しかし途方もなく豪華な顔ぶれだろうか!
 だが、このリミックス・コンピレーションは、居並ぶ固有名詞の尋常ならぬ拡がりと隔たりにもかかわらず、サウンド的には、驚くべき一貫性を有している。コーネリアスはここでも「ポップ・ミニマリスト」としての才覚と手腕とを遺憾なく発揮して、原曲をほぼ例外なくシェイプ・アップし、骨組みと芯を取り出して、構造を大胆に組み替え、意想外のエレメントを付け加えて、最後に彼ならではのマジックを使って、まぎれもない小山田印のラジカル・ポップ・チューンへと再生してみせる。その手際たるや、あまりに鮮やかで、仕上がりをためつすがめつしても、もはや作り直した痕が、まったく残っていないほどなのだ。
 もちろん、小山田圭吾は、卓越したセンスと直感の人でもある。だが、それは工芸的な技量の確実さによって裏付けられている。彼が教えてくれるのは、どれほどテクノロジーが発達したとしても、ポップ・ミュージックとは究極的には手作業なのだ、ということである。
(初出:INVITATION)

Last Update : 2003/09/14