『HELPLESS』『WILD LIFE』『冷たい血』『チンピラ』と、デビュー以来、順調に作品を発表してきた青山真治監督は、「ヴァイオレンス派」などと評されることが多かった。これまで発表してきた映画の題材だけを見れば、それはまあ、そういうことなのかな、とも思うわけだが、してみると、今度の『シェイディー・グローヴ』は、従来のイメージを覆えす、新境地に挑んだ一作ということになるのかもしれない。この映画には、拳銃も殺しもヤクザも一切出てこない。これはラヴ・ストーリーなのだ。
とはいえ、そこはクセモノ青山監督のこと。いわゆるフツウの恋愛映画とは、当然のごとくこの映画は体裁が違っている。物語は、ヒロインである理花が、ずっと付き合っていた男・小野に突然、振られるところから幕を開ける。小野は出世を狙っている商社マンで、ごく軽い気持ちで交際していた理花が、結婚の話などを持ち出すようになり、あまつさえ婿養子に入って欲しいなどと言ってきたため、この辺が潮時だと判断したのだった。どうして自分が嫌われたのか、まるで納得できない理花は、でたらめに電話をかけて出た相手に自分の不幸を語り続ける。当然、そんなイタ電まがいの行為を誰も相手にしないわけだが、そんな中で、ひとりだけ親身になって話を聞いてくれた男がいた。それが甲野で、実は彼は彼で問題を抱えていたのだった。甲野は映画会社の宣伝マンなのだが、自分の生き方に疑問を感じ、思い切って会社を辞めようと辞表を書いていた時、偶然に理花からの電話を受けたのだった。しかし、理花としては自らの身に振りかかった不条理を誰かに吐き出したかっただけであって、当然のことながら見ず知らずの甲野になど興味があるわけではなかった。そして彼女は私立探偵を雇い、小野に対してストーカーまがいの行為に及び始めるのだった。そして……
そして、ひとりの女性とふたりの男性のあいだで、幾つかの出来事が起こっていくわけだが、この映画のおもしろいところは、三人が三人とも、基本的に自分のことしか考えていないため、いつまでたってもフツウの恋愛映画ぽく人間関係がクルクル回り出してはいかない、ということなのだ。理花の小野への執着は、どう見ても自己愛の裏返しでしかないものとして描かれているし、一見、被害者的立場ともいえる小野にしたって、利己主義の塊のような人間である。甲野は真剣に自分の人生について悩んでいるようだが、要は何をしたらいいのか、わからないだけのようにも見える。ともあれ、物語は進んでいき、後半、ちょっとばかり意外な展開になっていく。しばし唖然とした後、深く納得するしかない結末については、もちろんここでは触れないでおこう。
かなりカリカチュアライズされているように見えるこの映画の登場人物たち(実際、理花の行動は、かなりトンデモない)は、しかし同時に、いや、いるよなあ、こういう奴って、という気にもなるのである。自分勝手でダメな男女の自分勝手なダメぶりをイジワルなまでに客観視して描きながら、青山監督の視線はけっしてシニカルではない。彼はこう言っているかのようだ。みんなこんななんだよ。それに、それで何が悪い?、と。この映画は、トレンディ・ドラマ然とした設定や細部を持ちつつ、実質的には完全にアンチ・トレンディ・ドラマであり、そのことによって「今」を見事につかまえているのだ。
甲野を演じているのは、ARATA君である。『ワンダフル・ライフ』に続く映画主演というわけだが、まったくもって素晴しいとしか言いようがない。彼の穏やかな声と独特のゆったりとした話し方には、不思議とひとを癒す力がある。その飄々とした存在感も含めて、すごく映画的だと思う。
(初出:装苑)