『カダフィーのテーマ』は、高柳昌行が没する半年前に行った「アクション・ダイレクト」のライヴ・パフォーマンスを収めたものである。エレクトリック・ギター4台をテーブルトップにして様々なオブジェ、ガジェット、ジャンク、エレクトロニクス等を組み合わせた特異なセッティングで、結果的に晩年となったこの時期の高柳は定期的にソロ・ライヴを行っていた。「アクション・ダイレクト」の録音としては既に『イナニメイト・ネイチャー』が出ているが、『カダフィー』はそれより更に後の日付けを持っており、現在聴くことが出来る高柳の最後の音源ということになる。
「アクション・ダイレクト」が、当時の聴衆にどのようなものとして受け止められていたのかは知らない。ただ言えることは、ここから聴こえてくるサウンドは、ジャズと呼ばれたものとも、インプロヴィゼーションと認識できるものとも、大きく違っているということだ。それはむしろ、たとえば同時代の試みでいえば、ジョン・ダンカンやヴォイス・クラックといったノイズ・エクスペリメンタリストたちがやっていた事に近いように思える(ヴォイス・クラックももともとはインプロヴァイザーだが)。高柳の「ギター」に対する思考は、たとえば同じテーブルトップのプリペアド・ギターを操るフレッド・フリスやキース・ロウ等と較べても、格段にラジカルだと思える。ギターを「解体」するのではなく、外部に向けて「解放」すること。音を「発振」するためのインストゥルメントとしてではなく、どこかに在る音を「発掘」するためのシステムとしてギターを捉えること……そう、「アクション・ダイレクト」が途方もなくノイジィであるのは、高柳昌行という特権的な個体に内在する理由によるものではなく、「世界」がそのように激しくざわめいているからに他ならない。『カダフィーのテーマ』はリアリズムを極めた作品である。