REVIEW/COMMENT

UA『SUN』

 閃光とは漆黒の闇の中でひらめく一瞬の輝きだった。だが今、彼女は視界を圧倒するほどの眩い陽光を全身に浴びながら穏やかに立っている。

 UAという名の歌うたいから届けられる手紙は長い物語を紡ぐ。彼女はあちこちから手紙を送ってきた。時には思いも寄らぬ土地から……僕らはその長い長い物語に惹かれ、ひたすら耳を澄ましてきた。
 思えば、『泥棒』という手紙は予兆に満ちていた。彼女はこの頃、確かに変わったと思う。いや、それを言うなら、彼女は僕らの前に登場してからというもの、常に変わり続けてきたのではある。だがしかし、それでも『泥棒』での変貌には、何か本質的な、それまでになく大きな「しるし」が刻み付けられていたような気がした。
 それが何だったのか、はっきりと具体的に言うことはできないが、それはたぶん他ならぬ「歌うこと」の根拠、その始まりの場処にかかわっていたのだと思う。

 なぜ歌うのか? 歌いたいから歌う。歌えるから歌う。歌うことがあるから歌う。歌うことでわかってくることと、歌うことでよりわからなくなってくることがあり、そのどちらもが「歌うこと」の始まりに関わっているということに、UAは気付いてしまったのではないか。「歌手であることは自分のハンディなのだ」という意味のことを、彼女は語っている。ハンディであり、持って生まれた天賦の才能でもあり、そして運命、でもある。
 唇と口腔と咽は、心に直結している。声を操るということは、歌うということは、歌っている自分の声を聴くということは、たぶん言葉の機能よりも以前に、自分自身に向かい合うことであり、それはつまり、自分をまるで他人のように(再)発見することだ。
 つまらない歌い手は、自分のことしか歌わないか、反対に自分のことだけは歌わない。たぐいまれな歌い手は、歌う理由を常に追い求めることで、歌い手でありえた、そして歌い手でしかありえない「自分」と、何度となく出会い、その戸惑いと歓びの両方を糧にしながら、どこまでも延びた「歌うこと」の階梯をのぼってゆく。
 真摯な「歌うこと」の問い直しと、誰にも代わることのできない「声」の存在感とが、次々と前とは異なった意匠を探し求め、まるで、変わってゆく同じもの、を確かめようとするかのように、UAはその「歌」を包み込む「音」の姿かたちを押し拡げてきた。それはまさしく、他の数多の歌い手にはけっして到達できないほどの途方もない拡がりであり、これほどの多様さ、ほとんど「世界」と同じくらいに豊かな多様性を内に含みながら、なおUAがまぎれもないUAという歌い手であり続けていることに、僕らは、ほとんど魔法か奇跡を見ているかのような驚嘆と感動を禁じ得なかった。
 だが、それでも、いや、だからこそ僕らは、彼女は一体どこまで行くつもりなのだろうと、ついつい考え込んでしまうこともあったのだ。
 『泥棒』という名の手紙に僕らは、たとえようもない美しさと、凛とした強さと、柔らかい羽毛のような優しさとともに、やはり一種の悲痛さをも感じ取っていたのだから。

 そして今、ここに『SUN』と名付けられた新たな手紙がある。
 驚くべきことに(そう、これはやはり驚くべきことだと思うのだが)、ここには圧倒的なまでの希望の光が満ちている。いかなる意味でも、迷いは存在していない。ここにあるのは歓喜と感謝に彩られた、ひたすらな肯定のエネルギーばかりだ。
 「SUN」とは、モロッコの太陽であり、バリの太陽であり、東京の太陽でもある。それぞれの土地で見上げる太陽は、ひとつひとつ違った輝きと異なる熱量を持っている。
 しかし、ごく当たり前のことではあるが、太陽はたったひとつだ。たったひとつの太陽から降り注ぐ光が、無数のスペクトルへと分岐し、僕たちの瞳と肌に遭遇し、それぞれの内なる「SUN」を産み落とす。そんな、たったひとつのものが、同時に数限りのないものでもある、という真理こそが、この手紙を貫いている。
 揺るぎのない一個の存在が、たくさんの可能な存在を造り出すということ。それは太陽のことばかりではなく、「歌うこと」でも同じだし、「音楽」も同じだし、「自分」というものだって同じだ。
 ここには冒険と呼んでもいいような飛躍がある。もはやそれ以上ありえない筈と思っていた大胆な挑戦がある。こんな「歌」は、こんな「音楽」は、かつて聴いたことがない。そう思う者さえいるかもしれない。だがそれと同時に、彼もしくは彼女は、UAという歌うたいが、悲痛さを乗り越えて、躊躇なく更なる一歩を力強く踏み出してみせたことに、深く頷き、震えるような、泣きたくなるような、よろこびを感じることだろう。
 おそらく、UAはUAで在り続けているだけではなく、UAに成り続けているのだ。彼女はひとつでありたくさんでもある『SUN』の下で、ひとりでありたくさんでもあるUA自身と出会ったのだ……

 ふと気が付いてみたら、ずいぶんと遠いところにまで来てしまっていた。だが、それでもまだ、彼女は旅の途中なのだ。長い長い物語の半ばなのだ。

Last Update : 2004/04/21