ベルギーのレーベル、サブ・ローザは、これまでも現代音楽〜電子音楽〜実験音楽の分野における貴重な音源を、幾つも発掘してリリース、もしくはリイシューしてきたが、最近、新たに興味深いプロジェクトをスタートさせた。
"an anthology of noise & electronics music"というシリーズで、まずはその第一弾として、"first a-chronology 1921-2001"と題された2枚組CDがリリースされている。1921年から2001年まで、実に80年に及ぶ「ノイズ・ミュージックと電子音楽」の歴史的アーカイヴからセレクトされたアンソロジーである。
"first a-chronology"に登場するコンポーザー/ミュージシャンは、ルイジ・ルッソロ(21年)、ワルター・ラットマン(30年)、ピエール・シェーファー(48年)、アンリ・プスール(57年)、エドガー・ヴァレーズ(57-58年)、ヤニス・クセナキス(58年)、ナム・ジュン・パイク(58-59年)、ジョン・ケージ(65年)、ゴードン・ムンマ(65年)、アンガス・マクリース/トニー・コンラッド/ジョン・ケール(65年)、コンラッド・ボーマー(66年)、ポーリン・オリヴェロス(66年)、ソニック・ユース(83年)、サヴァイヴァル・リサーチ・ラボラトリーズ(92年)、池田亮司(97年)、アインシュツルツェンデ・ノイバウテン(98年)、フィリップ・ジェック/大友良英/マルタン・テイトロ(00年)、DJスプーキー(01年)で、収録曲の中には稀少価値の高い音源や、未発表録音なども多数含まれている(カッコ内は収録曲の録音年)。
もちろん、こうした試みは過去にも例がないわけではない。電子音楽やノイズのパイオニア的な名曲の数々を紹介したり、それぞれの歴史的な変遷を俯瞰するだけならば、入門編として優れたコンピレーションが既に数多く存在している。それだけにサブ・ローザとしてはマニアをも唸らせるようなレア・トラックが是非とも必要だと判断したのだろう。実際、P・オリヴェロスの30分を越える大作「ア・リトル・ノイズ・イン・ザ・システム(ムーグ・システム)」や、80年代前半のソニック・ユースの過激さをまざまざと伝える「オーディエンス」などは、各々のディスコグラフィーの間隙を埋める意義深い収録であるばかりでなく、内容的にも、これまで陽の目を見ていなかったことが訝しく思われるほど、圧倒的に素晴らしい作品である。また既発音源も総じて質が高く、コンパイルを手掛けたサブ・ローザのガイ・マルク・イナンの耳は極めて確かなものだと言っていい。
だが、そうした個々の収録曲の価値判断とは、また別の次元で、このコンピレーションには、非常にユニークな点がある。まず、先には敢えて録音年順に並び替えて記したのだが、CDでは実はクロノロジカルな配列にはなっていない。たとえばディスク1は、「ノイズ音楽の祖」であるルッソロ兄弟に始まり、しばらく時系列的に進んでいくが、マクリース/コンラッド/ケールの次にいきなり35年もジャンプしてジェック/大友/テイトロのライヴ音源が続き、少し時間が巻き戻ってSRL〜ノイバウテンの2曲が挟まり、また30年以上バックしてK・ボーマーで終わっている。更にディスク2になると、パイク〜ケージ〜ソニック・ユース〜ヴァレーズ〜クセナキス〜DJスプーキー〜オリヴェロス〜池田と、ほとんどジグザグな並び方になっており、通常のリニアな歴史的把握のあり方を、ほぼ完全に拒絶しているとさえ言っていい。"first a-chronology"の「a-」という接頭辞は、そもそも「非」という意味であるから、これは明らかに意図的な混乱(?)であると考えるべきだろう。また、このシリーズは来年(2003年)中に、何とヴォリューム7までリリースされることが、あらかじめ予告されているのだが(従って今後も2枚組になるとすれば完結時にはCD14枚もの巨大なセレクションになる)、だとすれば尚更、なぜこのような恣意的としか映らない曲順にする必要があったのかという疑問が生じてくる。たとえば、この"first a-chronology"には、70年代の音源がまったく収録されていない。80年代もソニック・ユースのみとなっている。これらのあからさまな、意味ありげでさえある空白は、ヴォリューム2以降に埋められていくことになるのだろうが、一体いかなる理由で、このような、ことによると不要な誤解さえ招きかねない特殊なコンパイルの手法が要請されたのだろうか?
その答えは何よりも、このコンピレーションが、敢えて「非=クロノロジー」と名付けられている点にこそある。ただ単に、時間的な継起とは完全に無関係に収録曲を編むだけならば、わざわざ「chronology」に「a-」を付けることもないのだから。ここにはやはり、ひとまず「クロノロジー」を引き受けた上で、それを否定してみせる、という段階的なプロセスが作動していると考えるべきなのだ。そして、コンパイラーであるガイ・マルク・イナンの問題意識は、むしろそこにこそあるのだ、と。
「ノイズ・ミュージックと電子音楽」の「歴史」の端緒をルッソロに置くことは、音楽史的な常識に属する。従って、このコンピレーションのスタート・ポイントは、「クロノロジー」に照らしても、まったく正統なものである。だが、最初のCD1枚の中でさえ、結局のところクロノロジカルな配列は、あっさりと裏切られてしまう。60年代半ばのニューヨークで、ラ・モンテ・ヤングとともに、いつ果てるとも知れぬドローン・ミュージックの実験を繰り返していた、後にヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成することになるジョン・ケールとアンガス・マクリース、そして彼らの傍らにいた、実験的な映画作家でもあったトニー・コンラッドの3人による、ヴァイオリン/チェロ/パーカッションの合奏と思われるプリミティヴかつエソテリックなサウンドの後、トラック・ナンバーが6から7に変わる瞬間に、35年の時間が経過し、偶然にも(だが本当は偶然というものはない)同じく3名の、現在を代表するアヴァンギャルドなターンテーブリストたちの、精緻なコラージュ・アンサンブルが続く。長い年月で隔てられた2つの楽曲は、ここで連続してさえいなければ、あらゆる意味で無関係であり、実際その通りなのだが、しかしわれわれは、この3人とあの3人の演奏には、あらゆる表層的な差異と切断を超えたところで、ある紛れもない共通する何かが横たわっているのではないかと思えてくるのだ。それはたとえば、音を扱う仕草において、スポンティニアスネスと厳格さとが、矛盾無く共存しているさま、とでも言えばいいかもしれない。そして、この共通性は、ここでの強引と呼ぶべき接続によって、はじめて立ち上がってきたものなのである。
ディスク2。冒頭に置かれたナム・ジュン・パイクの曲は「ジョン・ケージへのオマージュ」と題された、ダダイスティックなユーモアに満ちたミュージック・コンクレートである。続いて、そのケージ自身による有名なオーディオ・コラージュ作品「ローツァルト・ミックス」が流れる。そして一気に18年を跨ぎ超えた3曲目が、ソニック・ユースの「オーディエンス」である。ライヴ会場でマイクを客席に向けて録音した「観客」の叫声や喧噪を、加工一変形一編集して作られた、奇怪きわまる音響作品。ここまでの3曲は、既存の音を何らかの形で再利用する、一種のリサイクル・ミュージック的なアイデア一それ自体がケージ的なものと言っていいだろう一において繋がっており、パイクとSYは、それぞれのやり方で、「ケージへのオマージュ」を捧げている。だが、「オーディエンス」がケージ的であるということは、この連鎖の中でこそ理解されるのであって、異なる文脈にあったとしたら、ただのタチの悪いジョークとしか受け取られないかもしれないのだ。
このコンピレーションのジャケットに使われている写真は、1958年、ブリュッセル万博におけるル・コルビジュエ設計のフィリップス・パヴィリオンである。この年、同万博のために作曲された2曲の電子音楽、ヴァレーズの「ポエム・エレクトロニーク」、クセナキスの「コンクレートPH」が、SYの「オーディエンス」に続いている。ライナーノートによれば、この58年という年は、その後、60年代を通じて展開する、芸術活動における、さまざまな「新しい流れ」の始まりを告げる年、いわば「歴史」の突端であった(周知のように万博のために多くの電子音楽の傑作が書かれるという慣習?は70年の大阪万博まで続く)。更にその次には、クセナキスとは一種の師弟関係にあるDJスプーキーのジャズ・デコンストラクティヴなエレクトロ・アコースティック・ピースが置かれている。これがあの「ディープ・リスニング」の作曲家かと驚かずにいられないオリヴェロスの凶暴なエレクトロ・ノイズと、サイン・ウェイヴとハイスピード・コラージュのみで構成された池田亮司の「1分間」が連続しているのは、「最長の作品の後には、最も短いものを」(ライナーノートより)という至ってシンプルな理由による。そしてこのウルトラ・ミニマルな楽曲は、おそらくは来るヴォリューム2の予告でもあるのだろう。
"an anthology of noise & electronics music"において、「歴史」は、ただやみくもに否定、あるいは無視されているのではない。そうではなくて、ここで示唆されているのは、真正の「クロノロジー」からは、けっして見えてこない、多様にして複雑な照応関係と、まさに当の「歴史」そのものが孕み持つ、潜在的なダイナミズムなのである。
ガイ・マルク・ハナンに倣って、これからしばらく、「ノイズ・ミュージックと電子音楽」の「歴史」を、激しくスクラッチし、コラージュしていきたいと思う。