高橋悠治はかつて、1963年から66年にかけてのヨーロッパ滞在時に、イアニス・クセナキスの下で作曲技法を学ぶとともに、卓越したテクニックを持つピアニストとして、超絶技巧を要するピアノ・ソロ曲「ヘルマ」(60〜61年)や、クセナキスの最高傑作とも言われる、ピアノと5人の金管楽器奏者のための「エオンタ」(64年)などの初演を行った。のちに高橋は「クセナキスにまなんだこと」(97年)として次のように書いている。
ベルリンのはずれの、いまはない家から郵便局へむかう森の小道を歩きながら、パルメニデスの「存在」からピタゴラスの「数」、プラトンの「多面体」を通ってエピクロスの「偶然」にいたる古代ギリシャ哲学史の講義をうけたことを思いだします。
またニューヨークの空港のカフェテリアで言われたことば、「人間は時空の認識にしばられている、この悲しいガラス箱のなかの迷路からぬけだして、ここが二億光年のかなたであり、いまがいつもであるような存在にめざめることができるだろうか」……は昨日のようによみがえります。
ベルリンで受けたたった一度のレッスンらしいレッスン、確率計算と音色構造からつくりあげた作品を見せたときの批判、「ここには、いらない部分が二箇所ある、消しゴムをかそうか」……は方法が結果を保証するとは限らない、と理解したけれど、
それから30年あとに、パリのスタジオで、コンピュータが一晩中計算してつくりだした1分たらずの音響を再生し、データを一つだけ変えて、再計算をセットしながら「有効な組み合わせがみつかるまで、データをひとつひとつためしている」と言われたのを、偶然を超えて顕れる普遍ではなく、落ちこんでしまった時空の迷路からぬけだすための道しるべを、古代哲学史を反転しながら「偶然」から原初の「存在」にもどるメービウスの帯をもとめているのか、とあらためて思ったが、これも、もう一つの誤解なのでしょうか。確率とは、パスカルにとってのように神あるいは絶対的存在にいたるための賭だったのか。
イアニス・クセナキスという作曲家、いや、「作曲家」という限定には留まりきらない途方もなく豊かなヴォリュームを備えた芸術家について、もちろん筆者は語るべき十全な言葉など持ってはいない。これから問題にしたいのは、クセナキスの独創的な思考=試行が、われわれのとりあえずの主題である「人間」と「音楽」と「テクノロジー」のトリニティに対して、いかなる寄与を及ぼしたのか、という点である。そこで日本語で書かれたクセナキス紹介のもっとも優れた論文である秋山邦晴の「イアニス・クセナキス」(『現代音楽をどう聴くか』所収)と、クセナキス自身の著書であり、高橋悠治が邦訳を手掛けた『音楽と建築』を導きの糸としつつ進めていきたい。
1922年ルーマニア生まれのギリシャ人であり、アテネ工科大学で工学を学んだ後、ナチへのレジスタンス運動を経てパリに亡命したクセナキスは、ル・コルビュジエから建築を、オリヴィエ・メシアンから作曲を学び、まさしく「音楽と建築」の交叉点、ほとんど「音楽=建築」ともいうべき特異な位相から「現代音楽」の世界に登場した。55年にドイツのドナウエッシェンゲン音楽祭で初演された61人の演奏者のためのオーケストラ曲「メタスタシス」は、一大スキャンダルを引き起こした。
クセナキスの発想は、セリー主義のデッドエンドから電子音楽の誕生に至る当時の作曲家たちの問題意識とは、大きく異なっていた。「いまや音列作曲家にはほとんどすべてが可能である」と、1955年に刊行されたテキストにおいてクセナキスは書き出す。
音列システムの二つの基礎は、それ自体の破壊と克服を芽のうちにふくんでいる。ここで問題にされるのは、基礎としての音列と多声的構造である。
音列はどのようなものでも、線的思考「カテゴリー」からうまれる。有限個の対象のジュズ玉つなぎ。対象をもち、有限個であるのは、平均率のピアノがオウターブ内に12音をもつことによる。電子音で定量周波数だけをかんがえるのは無意味であろう。12音であり、13音やn音でないのはなぜか? 連続する周波数スペクトルは、なぜいけないのか? 音色スペクトル? 強さや長さのスペクトル? 連続性の問題はひとまずおく。それは近い将来、音楽的探求において、物質の粒子・波動の波動状態に対応するだろう。音スペクトルの不連続性の方は、人間感覚の基本のありかたである(周波数・強さ・持続の比較認識の対数または算術法則)。
単純に、周波数(または音のほかの構成要素)のn項の等比数列をかんがえる。n項の順序は可換である。古典的音列では、12音の配列は大体任意にえらばれるが、ひとつの作品では一定である(原音列)。n項からnの階乗(n!=1×2×3×‥‥×n)個の順列ができる。組み合わせ計算と初期条件が論理的に、これらn個の対象(周波数やほかの構成要素)のつかいかたを決定してしまうだろう。
(中略)線的多声法は現在の複雑さによって自滅する。さまざまな音域での音の集団しか実際にはきこえない。おそるべき複雑さが線のもつれをききとりにくくし、巨視的には音スペクトル全領域にわたって音が理由もなく偶然にちらばっている。線的多声法は面や集団としてきこえるその結果と矛盾することになる。
「音列音楽の危機」より/『音楽と建築』高橋悠治訳(全音楽譜出版社)
秋山邦晴によれば、クセナキスは「同じように数学をつかいながら、セリエール音楽は非科学的だと否定する。たとえばシュトックハウゼンの作品でも、ブーレーズのピアノ曲〈構造〉でもいいが、セリエール音楽を考えてみる。これらは楽譜では決定論的な複雑さをうみだしている。しかしこうして思弁的につくりだされたものが、実際に演奏されても聴覚的にはその複雑性のために具体化されないのだという。いいかえれば、そこで意図されている線的な音のポリフォニック(=多声的)な複雑な動きを耳がたどることができない」のであり、したがって「数学をつかって、音の線状の組み合わせをつくりだしたり、多声的な積み重ねをこころみるだけでは何の効用もない。そこでクセナキスは物理学の〈気体の力学〉とおなじように、〈質量の観念(コンセプシオン・ド・マス)〉という考え方を根底にすえて、音を質量作用の運動エネルギーの状態としてとらえるのである。音楽は本質的に多音性のものだ。そうした多くの音をマッスとしてとらえ、ちょうど「音の雲」のようなものをつくりだすことを考えるのである」(『現代音楽をどう聴くか』)。
こうしてクセナキスは彼独自の「確率論的音楽(ストカスティック・ミュージック)」を提唱することになる。「音の雲」のようなものを生み出すために、彼はさまざまな数学的方法と物理学的思考を導入していく。しかも、それらは作曲技法の援用のため他分野から引き入れられたものというよりも、もっと本質的なレヴェルで、クセナキスの哲学の根幹を成すものだった。「音楽は、諸概念の抽象的第一原理をさぐる純粋数学や、たえず変化する物質の交換関係のふかみにおりていく物理学とならび、原動力の水準にまでたかめられるのだ」(クセナキス)。
このようにまったくランダムな状態(カオス)から厳密な論理と数学的手法によって秩序を構成しようとする態度は、コンピュータによる音響合成でも、いままでのように正弦波から出発し「有限回の操作を加えて無限の変化をつくりだそうとする」やりかたとは反対に、さまざまな確率関数によるランダムな音波にすこしずつ規則性をもたせていく方法(「ダイナミック・ストカスティック・シンセシス」)が模索され、この音響生成(ミクロ・コンポジション)から全曲構成までを重層的な確率過程によって組み立てるコンピュータ・プログラムがつくられている。このプログラムは、ジョルジュ・ポンピドゥー・センター前の双曲放物線のカーブをもつ赤いテントのなかでおこなわれた音と光のスペクタクル《ディアトープ》(1978)のなかで、400の鏡に反射する4基のレーザー光線と1600個のフラッシュライトが描き出す複素数関数や確率関数による図形とともに演奏された7チャンネルテープの音楽《エルの物語》などに使用されたが、複雑な計算過程は現在のコンピュータでリアルタイム処理できる限度をはるかに超えていて、結果を予見することは不可能に近い。いまもクセナキスは実験をつづけている。
高橋悠治「ヤニス・クセナキス(1921-2001)(1996)」
クセナキスの試行=思考は、いわゆる「初期の電子音楽」の同時代を生きていながら、まったく異なる軌跡を描いてゆく。彼は1958年にパリのGRM(RTF=フランス国立ラジオ・テレビ放送局にピエール・シェフェールが設立した電子音楽スタジオ。現在のINA-GRM)で、最初期のテープ作品のひとつ「コンクレートPH」を制作した。この曲は(本連載の第一回でも触れたように)同年に開催されたブリュッセル万博での、ル・コルビュジエ設計のフィリップス・パヴィリオンのために作曲されたものだった。