TECHNOLOGICAL SOUNDSCAPE(SOUND&RECORDING MAGAZINE)

第十六回

 クセナキスは、テクノロジーの「音楽」への寄与に対して、きわめて積極的な作曲家のひとりだった。いわゆる「コンピュータ音楽」の歴史が幕を開けるのは、1950年代の半ばを過ぎた頃のことである。1957年、米国ニュージャージー州のベル電話研究所に勤務していたマックス・マシューズは、当時はニューヨークのIBM世界本社にしかなかった真空管回路によるコンピュータIBM704を使って、史上最初の音合成のプログラム「MUSIC ?」を書いた。翌58年、マシューズは引き続き、704の飛躍的な改良版であるIBM7094を使い、「MUSIC ?」を完成した(ちなみにその後、「MUSIC ?」が60年、「MUSIC ?」が63年、このシリーズの決定版ともいうべき「MUSIC ?」が68年に完成されている)。マシューズの協力者でもあった心理学者で、既に「MUSIC ?」を用いて「In s Silver Scale」という習作を作曲していたニューマン・ガットマンが、58年にスイスで同プログラムのデモンストレーションを行った際には、クセナキスが聴衆の一人として立ち会っていたという。この年はクセナキスが「コンクレートPH」を発表した年だった。
 コンピュータによる自動作曲という面では、のちにジョン・ケージが初めてコンピュータを導入した作品「HPSCHD」(68年)の共同作曲者となるレジャレン・ヒラーが、イリノイ大学のILLIACコンピュータで先駆的な研究を行っていた。ヒラーとその協力者のアイザックソンは、アルゴリズム作曲を用いた世界初の作品「弦楽四重奏のためのイリアック組曲」を1956年に発表している。コンピュータ・ミュージックの世界的権威であるアメリカの学者カーティス・ローズ(作曲家でもあり、トータスのジョン・マッケンタイアとの共作〜アルバム『スタンダーズ』の日本盤ボーナス・トラックに収録〜や、ラッセル・ハズウェルのレーベルORからリリースされた、エイフェックス・ツイン、ケヴィン・ドラム、ジム・オルーク、ファーマーズ・マニュアル等が参加したコンピレーション・シリーズ"OR : Some Computer Music"への楽曲提供などで知られる)は、そのあまりにも有名な著作の中で、ヒラーの功績を次のように歴史的に位置づけている。

 極端に決定論的でセリー主義に基づく作曲技法を打ち破る試みの中で、カールハインツ・シュトックハウゼン、ピエール・ブーレーズ、ジョン・ケージ、アール・ブラウンといったヨーロッパやアメリカの作曲家たちは偶然性に基づく(aleatoric)作曲法を実験した。偶然性というのは、楽曲のある細かい部分の解釈を演奏者に委ねる(器楽曲の場合)、あるいはサイコロを振るようなランダム性に基づいて作曲するという意味である。(中略)1950年代半ば、イアニス・クセナキスはさらに体系的な方法で作曲を行った。それは、確率分布の値域にわたる重みづけを形式的に表現した確率的(stochastic)な方程式に基づいていた。
 ヒラーの自動作曲に関する有名な実験によって、コンピュータは伝統的な和声のカノンからセリー技法までどんな形式的な手法でもモデル化できることが実証された。つまり、決定的な手法でも確率的な手法でもプログラムとして表現できるということである。プログラムは、体系的な作曲技法に関連した根気の要る作業時間を短縮することができる。よって、ソフトウェアは、形式化された楽曲の美というものの論理的な拡張とみなせるのである。
『コンピュータ音楽 歴史・テクノロジー・アート』カーティス・ローズ/青柳龍也・小坂直敏、平田圭二・堀内靖雄監訳(東京電機大学出版局)
(一部表記を変更した)

 ヒラーが創始したアルゴリズム作曲は、決定的プロセスと確率的プロセスという二種類のプロセスに分かれる。ローズによれば、「決定的な手続きというのは、ランダムな選択を含まない固定的でかなり複雑な作曲プロセスを経て音や音楽を生成する手法」であり、また、「確率的な手法とは、意志決定のプロセスにランダムな選択を組み込んだものである。ある音楽的なイベントが他のイベントより頻繁に出現するように重みづけをするために確率表というものを導入する。確率的な手法では、イベントをその確率表に基づいて生成する。これらの表は全体的な傾向を保証するものであり局所的イベントの振るまいの詳細は、依然として予測不可能である」。
 クセナキスは、既に「メタスタシス」(55年)などで、人為的な確率計算を作曲に利用していたが、60年代に入ると、ヒラーが切り拓いたコンピュータによる自動作曲の可能性を誰よりも真っ先に引き受け、自ら「SMP(Stochastic Music Program・確率的音楽プログラム)」と呼ばれるプログラムを作り上げた。SMPで用いられる確率計算は、本来は気体中の粒子運動を記述するためのものであり、クセナキスの「音の雲」というアイデアに対応している。粒子の代わりに音が渦を巻き気流を成して、楽曲が産み落とされることになる。SMPを使って作曲された代表作のひとつである、ピアノと金管のための「エオンタ」(64年)は、高橋悠治のピアノによって初演されている(その他、題名に「ST」が付いた幾つかの作品がこれに当たる)。
 ところでカーティス・ローズは、アルゴリズム作曲について次のようにも述べている。
 
 あるアルゴリズムは、聴取すればそれとわかるような機械的な振るまいを示す。しかし、このような単純な場合を除くと、ある曲の断片が確率的あるいは決定的なプロセスによって生成されたということを聴取だけで確認するのは不可能である。したがって、どんなアルゴリズムを選択するかは作曲の哲学や嗜好の問題となってくる。一つのシステム内でどんな種類のアルゴリズムを組み合わせても構わないし、作曲プロセスのどんな局面で適用しても構わないのである。(同前書)

 クセナキスはこの点で、きわめて柔軟だった。彼は確率計算の他に、記号論理学やゲーム理論、マルコフ過程など、様々な数学分野を作曲技法に取り入れているが、実際には、計算の結果をそのまま楽曲とすることは殆どなかった。彼の作品は、たとえ厳密に数学的なアイデアから出発していても、最終的には算出された値に感性にもとづき新たな要素を付加したり、美学的・音楽的な見地に立って部分的な変更を施したりすることによって完成されていた。つまり、クセナキスは自身の頭脳だけでは実現不可能な、何らかの意味での複雑さ(「音の雲」のような?)というものを、高等数学の応用によって可能にしようとしたのではなく、また、音楽的なイマジネーションを計算式に明け渡してしまおうとしたのでもなく、いわば「数学」と共作しようとしたのだった。これはコンピュータとの関係性においても同じであり、彼は字義通りの意味で、アルゴリズムと同一平面上でコラボレートすることで、恐ろしく個性的な「音楽」を誕生させたのである。

 クセナキスとコンピュータの関わりにおいて最も重要なものは、彼が1966年にフランス郵政省の協力の下にパリに設立した「CECAMu(Centre d'Etudes de Mathematique et Automatique Musicales〜数理自動音楽研究センター)」で開発された、非常にユニークな作曲システム「UPIC(Unite Polyagogique Informatique de CECAMu)」だろう。UPICは、画像を音に変換する、いわゆるグラフィック・サウンド・シンセサイズを行うもので、1977年に最初のヴァージョンが完成した。
 ふたたびカーティス・ローズによれば、「このヴァージョンの実装においては、インタフェースは、イーゼルのように垂直に設置された、大きな、高解像度のグラフィクス用タブレットを介して行われた」。このタブレットには、「波形やエンベロープを盤上に直接描き、端末に表示させることができ」「いくつかの点を描き、その間を計算機により補間させることもできる。波形やエンベロープが定義されると、その積を音として聞くことができる」。また「楽譜ページの周波数・時間構造を描くことができる。ポインティングデバイスを動かすと、UPICでアークと呼ばれる線がディスプレイに現れる。個々のアークは移動、伸縮、切り取り、複製、貼り付けなどが可能である」。そして「さらに収録音の記録、編集、楽譜としての編み上げが可能である。収録信号は波形、あるいはエンベロープとして利用可能である」。
 「身体的かつ図を介した操作によって、作曲家は他の手段では指定するのはわずらわしい複雑な楽曲構成を容易に指定できる」(ローズ)というのだが、初期のUPICは、画像を描いてから、実際に音が得られるまでの計算にかなりの時間がかかった(その後、この点は改良され、リアルタイムUPICが誕生した。1991年にはウィンドウズ上でも動作するようになり、演奏にも使用できるようになった)。UPICを使ったクセナキスの代表作が、「ミケーネ・アルファ」(78年)である。

Last Update : 2004/03/03