TECHNOLOGICAL SOUNDSCAPE(SOUND&RECORDING MAGAZINE)

第十七回

 「ミケーネ・アルファ」(78年)は、クセナキスがUPICのみを使って作曲した最初の作品である。複数の作曲家がUPICで制作した楽曲を集めたコンピレーション"CCMIX:New Electroacoustic Music from Paris"(CCMIXはCECAMuの後身となった組織で「クセナキス作曲センターの略)の冒頭に、この曲は収められている。10分間の作品だが、クセナキスならではの層状の音のうねりと激しい変異が絶え間なく持続してゆく、非常に濃密なサウンドとなっている。このコンピレーションには、その他、ブリジット・ロビンドール、ジャンークロード・リセ、ニコラ・システリーノ、フリオ・エストラダ、ダニエル・テルーギ、嶋津武仁、ジェラルド・ペイプ、そしてカーティス・ローズによるUPIC作品が収められているが、「ミケーネ・アルファ」は、当然ながら作曲されたのはもっとも古いのにもかかわらず、群を抜いて刺激的な作品となっている。
 クセナキスはその後も、「平和のために」(81年)、「タウリファニー」(87〜88年)、「ウナリからアンドロメダへと向かう絶対的な旅」(89年)、「ジェンディ3」(91年)など、幾つかのUPIC作品を発表している。「平和のために」は、ラジオ・ピース的な発想で作曲されたもので、男女二人によるフランス語の朗読(クセナキスの奥方であるフランソワーズ・クセナキス一一彼女は作家であり『フロイト夫人の場合 天才の妻たちの愛と性』の邦訳がある一一がテキストを書いており、朗読も担当している)に、混声合唱とUPICによる電子音響が激しくコラージュされるというスリリングな作品。「ウナリからアンドロメダへと向かう絶対的な旅」の「ウナリ」とは日本語の「うなり」であり、1989年4月に大阪ドイツ文化センターの主催で行われた、姫路市亀島本徳寺における国際凧フェスティヴァルで初演された作品である。「ミケーネ・アルファ」とやや似た傾向の作品で、文字どおり「凧」のように音が果てしなく旋回しながら上昇してゆく。
 UPICシステムのきわめて画期的な、そして特異でもある点は、「作曲」をグラフィックのレヴェルで行えるということだけではなく、むしろグラフィックという行為それ自体が、そのまま「音」そのものに直結する、ということにこそある。この点について、カーティス・ローズは、以下のように書いている。

 グラフィカル・シンセサイズは直接的で直観的なアプローチである。時間周波数平面上に記されたイベントのレベルでは、グラフィカル・シンセサイズはユーザの操作方法により正確にも不正確にもなり得る。一本の線とその音への変換を計画的に描く作曲家は正確な結果を得られる。スクリーン上で即興をする作曲家はスクリーンをスケッチブックのように利用し、次第に洗練された楽曲としていく。
 画像によるピッチの制御は多くの作曲家にとって受け入れやすいものであり、他の手段では困難と思われたメロディやフレーズ生成を容易にする。わかりやすい例として、複数のグリッサンド、微妙なポルタメントやビブラートのかかった微細構造を持つフレーズの生成ができる。
『コンピュータ音楽 歴史・テクノロジー・アート』カーティス・ローズ/青柳龍也・小坂直敏、平田圭二・堀内靖雄監訳(東京電機大学出版局)
(但し一部訳語を変更した)

 ローズも述べているように、UPICによる作曲は、一方では、従来の記譜法とは異なる次元での厳密さや精確さを実現するものだが、もう一方では、甚だスポンティニアスで即興的な、いわばひとつながりの「描画=演奏=作曲」を可能にする。もちろん実際には、ほとんどの場合、グラフィックのサウンドへの変換が、修正と編集のプロセスを何度か繰り返すことによって、楽曲として成立していくわけだが、完成や目的といったベクトルを何ら考慮しないのであれば、ともかくも何かを描けば何らかの音は発されてしまう。
 特筆すべき点は、グラフィックという行為と、音の生成という結果が、作業的には直結しているが、観念的にはまったく切断されているということである。描かれた画像と、その結果として生じるサウンドは、完全に無関係なものであり、UPICというインターフェースが一種のブラックボックス的に関与してはじめて、両者は対応するのに過ぎない。したがって、その場合に「手描きの音響波形からどんな音であるかを推測することは困難である、という問題が残されている」(ローズ)。
 それはすなわち、UPICにおいては、作曲家の「音楽」的なイマジネーションよりも、グラフィックがテクノロジーを経由して、具体的で可聴的な音楽を生成する機構の方が、前提にあるということである。「音楽的」な才能や「作曲」へと向かう動機付けが皆無な者であっても、ただ適当に絵を描けば、それに対応する音が得られてしまうという事態は、ほとんど荒唐無稽とさえ言えるものだが、と同時に、通常は「音楽」が創造される過程の最後尾に位置している筈の「聴取」という行為を、「作曲」どころか、作曲家が内面において曲を胚胎するおおもとの出発点よりも以前に繰り上げてしまうという、おそろしくラディカルな面を備えている。UPICによる作曲者は、自らが描いた画像を聴くことから、作業を始めざるを得ない。

 UPICシステムは非常に柔軟なツールである。というのは、作曲の多数のレベルを共通のユーザインタフェースで統合しているためである。スクリーン上に生成されるグラフィクス関数は、包絡、波形、ピッチ値、テンポ曲線、演奏履歴等を同等に扱うことができる。すべてのレベルにおける作曲データの統一的取り扱いが可能というこの一般性は、他の多くのコンピュータ音楽システムが持つべき特質である。
ローズ 前掲書

 カーティス・ローズはこのように述べているが、それでもUPICはいささか奇形的な作曲ツールと言わざるを得ないだろう。それは端的にいって、目的(すべてのレベルにおける作曲データの統一的取り扱いが可能であること)と手段(グラフィック・シンセサイズ)が容易に逆転し得るという点にある。だがしかし、こうした発想は極めてクセナキスらしいものだとも言える。彼の作曲技法の多くは、まず何らかの非人間的な手段(数学や建築の応用など)によって「音の雲」を実在させた後で、それを研磨したり彫琢することで、次第にありうべき形に整えていくというものであり、その点では、UPICは視覚的な要素を導入した、彼の方法論のひとつの理想を成すものとも考えられるからだ。

 よく知られているように、UPICと同様の発想を持ち、現在のコンピュータ・ミュージックにおいて広く用いられているソフトウェアがMetaSynthである。BryceやBryce3Dなどのグラフィックス・ソフトウェアの開発者としても有名なエリック・ウェンガーによって開発され、1999年に登場したこのソフトは、UPICと同じく、画面上に任意のグラフィックを描くだけで音を生成することができる(高橋悠治は渋谷慶一郎との "ATAK002" に関するインタビューの中で、MetaSynthとUPICの血縁関係に言及している)。
 MetaSynthに関わる、もっとも興味深いエピソードは、あのエイフェックス・ツインが「ウィンドウリッカー」(99年)において、このソフトを多用して楽曲を制作し、それのみならず、グラフィック・シンセサイズの機能を逆利用して、曲の中に自らの顔を埋め込んだというものである(この件については「ホットワイアードジャパン」の「デジタル音楽から秘密の画像が浮かび上がる」という記事を参照。http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20020513301.html)。「ウィンドウリッカー」におけるMetaSynthの使用は、かなり早い段階でジム・オルークが指摘していたが、何枚かのジャケット写真に倣って、リチャード・D・ジェイムスが大胆にも自画像を音の内に取り込んでいたとは、偶然発見されるまでは、誰しも想像し得なかったにちがいない。なぜならMetaSynthで作られたサウンドは、音色的な特徴は認識できても、それがいかなる画像を基にしているかは、当然ながら人間の耳ではけっしてトレースできないからである。
 あらためて強調しておくべきことは、それでもなお、リチャード・D・ジェイムスの顔と「ウィンドウリッカー」のあいだには、真の意味での対応関係は存在していない、ということである。それは単にMetaSynthというブラックボックスが「画像=音響」の変換器として介在していることしか示していない。我々リスナーは「ウィンドウリッカー」でリチャード・D・ジェイムスの顔を聴くわけではない。しかし、ブラックボックスを逆さまに辿ってみればれば、そこには顔が現れる。同じように、それは音を見ているということとは違う。だが、こう言ってもいいだろう。MetaSynthとは、文字どおりの意味で、音を描くテクノロジーなのだ、と。そしてそれは、クセナキスがUPICによって切り拓いたものだった。

Last Update : 2004/03/08