Fennesz"Live in Japan" ライナーノート


フェネスの傑作『エンドレス・サマー』(本作と同時にP-VINEよ待望の国内盤化される予定)は、その後のラップトップ・ミュージックに、決定的というべき影響を与えた。あのアルバムで、DSP(Digital Signal Processing)を駆使した過激なグリッチ・サウンドが、まったく新しい音の美学を打ち立てる瞬間に、僕らは立ち会った。オーストリアのウィーンで音楽活動を開始し、現在はウィーンとパリを行き来しつつ世界を飛び回っているクリスチャン・フェネスは、現在の音楽シーンにおいて、疑いもなく最重要アーティストのひとりである。  
 本作は、クリスチャン・フェネスが、1999年1月にかつて在籍したウィーンのメゴ・レーベルの一員として初来日して以来、4年ぶりに日本の土を踏んで披露してみせた、驚くべきライヴ・パフォーマンスのドキュメントである。2003年2月9日日曜日、東京渋谷のNESTでそれは行われた。この解説では、ライヴのディテールに触れながら、『エンドレス・サマー』以降のフェネスの動きについても述べていきたいと思う。なお『エンドレス・サマー』へと至るフェネスのキャリアについては、同作のライナーで詳しく触れておいたので参照していただければと思う。  
  2003年2月のフェネスのライヴは、実をいえば、いささかイレギュラーな成り行きで決まったものだった。経緯を振り返れば、僕は2002年の夏の終わり頃から、メゴのピタとEメールで連絡を取り合っていた。彼とフェネス、そしてジム・オルークによるラップトップ・トリオ、フェノバーグの来日ツアーの可能性を探るためである。フェノバーグは99年に"THE MAGIC SOUND OF FENNO'BERG"、2002年に"THE RETURN OF FENNO'BERG"という2枚のアルバムを、メゴからリリースしており、後者は2002年12月に国内盤化された(P-VINEより)が、もともとその国内盤化のプロジェクトは、来日と連携する筈のものだったのだ。当初はピタも非常に乗り気で、フェノバーグのブッキングは日程調整にまですぐに至った。ピタによれば、フェネスは2003年2月に、毎年大阪で催されている「響 hibiki / field for Electro-Acoustic music」(www.intelasdic.com/)の招聘で来日することが決まっており、その時期にすればスケジュールを合わせやすいだろうということだった。早速、同イベントの運営者の方に連絡を取り、大阪公演の後でフェネスが東京に移動してくる段取りを整えた。これでピタとジムをこの時期に合わせ日本に連れてくれば万事上手くいく筈だった。
 ところが、その後の調整の結果、フェノバーグとしての来日は結局、このタイミングではムリということになってしまったのだ。非常に残念ではあったが、トリオでの演奏が不可能になっても、フェネスは大阪まで来るのだから、ソロ・ライヴならば東京でも公演は可能である。そもそも当初の計画でも、フェノバーグ以外に3人それぞれのソロもやりたいと考えていた。実はフェノバーグとしてのライヴ会場には、かなり大きめのスペースを準備していた。だが、やはりソロだけでは集客に不安があるということで、急遽、比較的小ぶりの会場といえるNESTで公演を行うことにしたのだった。最初のアイデアこそ適わなかったとはいえ、なにしろあの『エンドレス・サマー』発表後、初の日本でのライヴである。何よりもまず個人的な期待が高まったというのが正直なところだった。
 その期待は僕だけのものではなかった。ライヴ当日、NESTには入りきれない程の多くの観客がやってきた。場内が密集状態になるにつれ、もう少し大きなスペースにしておけばよかったと強く後悔したが、会場のブッキングの時期的な問題で、それはやはり不可能だっただろう。幸いNESTのスタッフの方々が見事に対応してくださったおかげで、大きな混乱は起こらずに済んだのだった(この場を借りてNESTには心より感謝致します)。『エンドレス・サマー』がもたらしたものが、僕などが考えていたよりも、はるかに大きかったのだということを思い知らされた気がしたものである。
 フェネスの他のライヴ・アクトは、NUMB&クリストフ・シャルルと、ちょうどこの時期来日していたオーストラリア出身のギタリスト、オーレン・アンバーチ(彼のバンド、SUNのデビュー・アルバム『サン』がHEADZよりリリースされている)。DrummaticのDJを挟んで、おもむろにステージへと、その長身を現したクリスチャン・フェネスは、MacintoshG4に向かい、超満員の観客を前に圧倒的な演奏を披露してみせた。ステージ後方から彼を照らし出す強度の照明によって、その姿はまるで後光(!)が差しているようであり、大袈裟にいうのではなく、ある種の荘厳ささえ発散していた。そして演奏が終わり、フェネスがステージを降りると、ごく自然にアンコールの拍手が巻き起こった(しかしラップトップのライヴでアンコールが起こるのは非常に稀なことだ)。それに応えて再び姿を見せたフェネスは、更に1曲を演奏し、その夜はエンディングを迎えたのだった。終了後、フロアを出ていこうとする女の子が「最後にやってくれた曲、一番好きなの!」と感極まったように話していたのを耳にして、僕は深い感銘を受けた。この種の音楽のライヴで、そんな発言は、ついぞ聞いたことがなかったのだ。
 この『ライヴ・イン・ジャパン』は、その時の演奏の一部始終を、アンコールまで完全収録したものである。演奏はアンコールまでひとつづきになっていて、先の女の子が気付いたように、『エンドレス・サマー』の収録曲や、他の過去のフェネス作品のフラグメントが、次々と現れては移り変わってゆく。しかしそれらは原曲(?)の単なる再現ではなく、大胆にアップデイトされており、リミックス・ヴァージョンというよりも、同じ素材を使った新曲とさえ呼べるものが大半を占めている。『エンドレス・サマー』表題曲の、あの印象的なギター・フレーズももちろん登場するが、ここではまた新たな感動を惹き起こすものとして、見事にリコンストラクトされている。
 何より驚くのは、膨大な音の要素が、複雑に、多層的に織り重なっているにもかかわらず、けっしてカオスにもノイズにも陥ることなく、すべての音響が、はっきりと分離して聴こえてくる、ということである。もちろん、それらはバラバラであるわけでもなく、互いに有機的に結びつきながら、強烈な音楽的エモーションを醸し出していく。ほとんど最初から最後までがクライマックスといえる、一瞬たりともテンションが緩むことのない、ひたすら劇的な音の世界。そう、ここにあるのは一編のドラマである。だが、それはリニアでシンプルなストーリーを語るものではなく、無限のエピソードを孕み持ち、リアルタイムでオルタナティヴな物語を生産していくのだ。ポップという形容詞の定義を書き換えなくてはならないほどに、ラジカルなポップさを充填された、掛け値なしに奇跡的なサウンドが、ここにある。その時、その場に居合わせなかった方も、その凄さは十二分に感じ取れることだろう。
 さて、フェネスの最近の動向を記しておこう。『エンドレス・サマー』以後、メゴから英国のタッチに移籍したフェネスは、メゴからのリリースで唯一CD化されていなかった、95年リリースのファースト・ソロ・シングル"Instrument"全曲に、コンピレーションへの提供曲や他のアーティストのリミックス、未発表曲などを加えた"Field Recordings 1995:2002"をリリースした。そこには収録されていない『エンドレス・サマー』以後のトラックとしては、デンマークのブラック・メタル・バンド、ウルヴァーのリミックス"Ulver 1993-2003: 1st Decade In The Machines"(JESTER)、ハザード、バイスフィアとのヨーロッパ・ツアーの際に制作された三者のコンピ"Light"(TOUCH)、携帯電話の着信音として多数のアーティストが作った99曲を集めた "TOUCH RINGTONES"(TOUCH)、クリス・ワトソンのフィールド・レコーディングのリミックス・アルバム"Star Switch On"(TOUCH)、ローリングストーンズの「ペイント・イット・ブラック」のカヴァー集"Painted Black"(TUMULT)などなど、がある。また「ポスト・エンドレス・サマー」路線の新曲としては、イギリスのファットキャット・レコーズから、メインとのスプリットで出た12インチに収録された3曲がある。更にフェネスはラップトップ・インプロヴァイザーとしても活動しており、AMMのキース・ロウを中心に、ヨーロッパのエレクトロ・アコースティック・アーティストたちが結集したオーケストラMIMEOの他、パンソニックのミカ・ヴァイニオとのデュオ(それぞれのソロを含む)"Invisible Architecture 02"(AUDIOSPHERE)、オーストリアのアコースティック・カルテット、ポルヴェクセルと共演した"Wrapped Islands"(ERSTWHILE)、ゲルトーヤン・プリンス、ピータ・ヴァン・ベルゲンとのトリオ"Dawn"(GROB)などがある。
 最後に最新情報を。フェネスは先日、リリースされたばかりのデヴィッド・シルヴィアン(!)のアルバム"Blemish"で、1曲アレンジとプロデュースを担当している(ちなみにこの作品には何とあのデレク・ベイリーも参加している!)。また、これも意外な取り合わせだが、スパークルホースとのコラボレーションが進行中だという。そして何といっても今年の秋には、ついに待望のニュー・アルバムが登場する。"Venice"と至ってシンプルに名付けられた、その作品が果たして如何なるものなのか、僕は今から待ち遠しくて仕方がない。

佐々木 敦(HEADZ/FADER)